1990年半ば〜2000年代初頭・・・デジタルネイティブと呼ばれているZ世代たちが誕生したころ、中国の金融機関では各機関・各地域ごとにシステムやルールが統一されておらずバラバラでした。上海のATMでは上海地区の口座しか利用できないといった具合です。また、中国国内の最高額紙幣は100元(日本円で約1,900円※)と小さく、大量の紙幣を持ち歩くのが大変不便です。そこに加え、偽札の被害も日常的でした。国有大銀行で両替したのに、偽札が混じっていることも・・・。
そのような状況のなか、2002年に登場したのが「銀聯カード(ぎんれんカード)」です。
※2022年4月現在のレート
銀聯(ぎんれん)とは中国人民銀行(中央銀行)が中心となって2002年に設立した官製組織です。
その銀聯が構築した決済ネットワークと、そのネットワークを活用した決済サービスを利用できるのが「銀聯カード」です。銀聯では2020年末までに世界179の国と地域で90億枚のカードを発行し、世界三大銀行カードと自称しています。
クレジットカードも普及しておらず、金融システムも不便だった当時の中国にとって、銀聯カードは画期的な決済システムでした。
「銀聯カード」はまずデビット機能付きキャッシュカードとして登場し、その後クレジット機能が付加されました。法人個人、すべての経済単位に有用だったため、 銀聯カードシステムは 一気に普及していきます。その結果、中国では驚くほどの短期間で近代的決済システムが確立しました。
銀聯カード一強の時代はしばらく続く・・・と思われましたが、民間からさらに強力な決済システムが登場します。それが、支付宝(AliPay)と微信(Wechat Pay)です。
これは日本でもすっかりおなじみとなったQRコード決済型のシステムで、スマートフォンの爆発的な普及と呼応するように2013年~2016年にかけ急速に普及し、オフライン店舗の小口決済シーンを一新しました。しわくちゃの汚れたお札を、ポケットから無造作に差し出すという光景は、ほぼ消滅したのです。
支付宝は、ECサイトの最大手であるアリババの決済用資金プールから発展しました。微信支付も当初は、中国最大のSNS・微信の付加機能のひとつでした。
それが今ではどちらも、スマートフォンを利用する上でAndoroid OSやiOSなどのオペレーティングシステムに次いで欠かせないスーパーアプリとして存在しています。
これらのアプリはオンラインショッピングやSNSといったメイン機能に加え、これまで別アプリケーションとしてダウンロードされていた電子決済や音楽・動画視聴など、ユーザーが日常的に便利に使用できる多数のツールをミニプログラム(小程序)という形で多数内包しています。いちいち機能別の専用アプリをダウンロードする必要がなくなったため、支付宝か微信どちらかのアプリを開いていれば、それでほぼ完結できるのだとか。ほとんどの中国人は、スマホに支付宝と微信のアプリを装備し、状況に応じて両者を使い分けているといいます。
それでは続いて、B2Bのシーンにおける決済システムの変遷をみていきましょう。
中国の中小企業の国内取引には長らく、安全かつ迅速な決済手段はありませんでした。例えば10万元(189万円)の原材料を仕入れる場合、手付金として半分を支払い、残りは製品の納入時に支払います。省を跨ぐ仕入れ取引の場合には、盗難、持逃げなどの高いリスクを抱えつつ、遠隔地まで現金を運んでいました。手形決済は存在せず、当然のように騙し騙されのトラブルがつきものでした。
そんな国内取引きも前述の金融システムの進化と共に近代化に向かいます。はずみをつけたのは2010年代、モバイル時代の到来という外部環境の変化でした。B2B“電子商務”プラットフォームが次々に登場し、そして時を置かず、あらゆる産業に拡がりました。デジタル技術が中小企業にとって重要な、決済・信用・物流などのソリューションを提供してくれたからです。
この流れを主導したのは、ここでもやはりアリババです。
アリババといえば日本では、11月11日の独身の日セールなど、B2Cビジネスで有名ですが、創業当初のメイン事業は、B2B企業マッチングサイトの「阿里巴巴中国交易市場」でした。現在でも、「1688網」「零售通」「淘工廠」「阿里巴巴国際站」などのサイトを運営し、中小企業のニーズに細かく対応しています。以下、簡単に見ていきましょう。
■1688網
「阿里巴巴中国交易市場」を改称した、中国国内中小企業向けの商品取引サイトで、全世界数千万のサプライヤー、バイヤーに取引機会を提供し、安全かつスピーディーなオンライン取引の実現を目指しています。
ちなみに名称にある1688とはアリババが2007年、香港へ上場(後に上場廃止)したときの証券コードだそうです。
■阿里巴巴零售通
大きくなりすぎた1688網から、小売部門を分離したサイトです。末端オフライン店舗の新チャネル作りとそのデジタル化に取り組み、自社ブランド「天猫小店」を含む、全国のパパママ・ストア(※注釈参照)のデジタル化をアシストしています。
※パパママ・ストアとは
夫婦とその家族あるいはパート・タイマー1〜2名を使って経営している小規模の小売店、生業零細店を指す小売・流通用語。
■淘工廠
優良工場を、新規サプライヤーにマッチングさせるサイトです。製造工程の川上へシフトし、多くの工場同士をつなぐ、より高度なC2Mサプライチェーン作りを目標としています。
■阿里巴巴国際站
全世界のバイヤー(貿易商、卸売商、小売商、製造メーカー)に対し、中国の優秀なサプライヤーを紹介するサイトです。
「2022年B2Bサイト10大ブランド」というランキングを見てみましょう。
1位はアリババの1688です。2位以下は、各業界に特化したB2Bネット通販が並んでいます。
2位 慧聡網…1992年設立、アリババより古いB2Bプラットフォーム。工業製品全般。
3位 我的鉄鋼網…鉄鋼などの大宗商品(工業、農業に使う生産財)全般
4位 欧治Ouyeel…鉄鋼関連商品全般
5位 怡亜通…産業原材料全般
6位 找 鋼…鉄鋼サプライチェーン全般
7位 科通芯城…IC関連商品全般
8位 中商惠民…小売店、コンビニ向け商品全般、経営指導
9位 美 菜…飲食店の食材全般、農家と提携
10位 匯通達…農村の産業チェーン構築、農村の小売店指導
最近は、サービスの内容がどんどん精緻化しています。
例えば化学、プラスチック業界では、実験用試薬や、実験室を提供するサービスもあります。
またあらゆる分野とプロセスでアウトソーシング可能になりつつあります。
情報発信や商品取引き、物流代行、金融サービスはもはや基本中の基本。
スピーディな決済やシステマチックなサービスのおかげで中小企業の経営リスクは大きく軽減しました。
アリババを始めこれら有力なB2Bサイトは、日本製の部品やデバイスも大量に扱っています。
商社を介した一般貿易だけではない、さまざまな新しい貿易ルートが開通しました。
このように中国の商習慣は、オンライン化により劇的に変わりました。
かつて中国ビジネスでこんなに苦労した、という先達たちの経験談は、すでに過去の伝説となりつつあります。
これまでの古いやり方は、次々に上書きされ、その結果、中国市場へのアクセス手段は豊富に、より簡単になりました。
中国中小企業との取引も透明性が増し、より安全になっています。逆に、どの方法を選べばよいのか、選択は難しくなったかも知れません。しかし、これまでの人脈に頼った中国ビジネスから、客観性を重視した、新しいビジネススタイルへ移行するチャンスです。
商習慣の変化は、もはや当たり前になりました。
今後のビジネスヒントは、あらゆる新しい場所にありそうです。サインを見逃さないようにしたいですね。